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厚木市立病院小児病棟での保育士による保育時間拡大

看護師不足で現場の多忙化は深刻で、厚木市立病院も例外ではありません。

特に、排せつや食事が自分でできない乳幼児が大半を占める小児病棟については、早急に取り組むべき課題と思い、2月議会で取り上げました。

医療行為以外の介助をする方の配置を要望した結果が、全議員に配られる「定例会での検討約束事項の処理状況報告」に、次のように記載してあります。

「3月8日から市立病院ホームページ等で、保育士(臨時職員)の募集を行い、4月22日付けで一人採用した。現在、午後4時から8時までの時間帯で小児病棟において勤務している。」

私が議場で質問したのが3月5日ですので、素早い対応をしてくれたことが分かります。

いままで4時までだった保育士が、その後8時まで子どもの保育にあたって頂けることになります。

一歩前進しました。
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富山市エコタウン事業と子育て支援センター

環境教育常任委員会の所管事項調査で、富山市へ行ってきました。

調査目的は、平成14年に北陸で初めて国の承認を受けたエコタウン事業についてです。

富山に到着して向かった先は、エコタウン産業団地です。

住宅街に隣接するエコタウン産業団地は、18haの広さを持ち産業廃棄物を再生させる7つの企業の施設が稼働していました。

近隣の住民とは、環境保全協定を締結しているそうです。

団地内で100%のリサイクル率を目指す取り組みをしており、ひとつの施設で80%しかリサイクルできなかった場合は、残りの20%分を他の施設にまわし、他の形でリサイクル化しているそうです。

また、富山は一家の車の所有率が全国で2番目に高い事から、廃車を細かく解体し、まだ使える部品やタイヤをリユース。中古部品販売も行っているそうです。

廃食用油からバイオディーゼル燃料を製造する施設、木質系廃棄物を炭化処理し、木炭や木炭ボードを製造する施設、食品廃棄物をメタン発酵させ、発生したバイオガスにより発電して電気エネルギーを作る施設、剪定枝の堆肥化、プラスチックを熱分解して燃料油を生成するなど、様々な有効活用事例がありました。

7つの施設は、富山市が目指す廃棄物をゼロにする「ゼロエミッション構想」を推進する民間企業ですので、気になるのが市税の投入。

質問したところ、初期費用は総額160億円、そのうち国の補助金は40億円、市は1億5000万円、あとはすべて企業が負担したそうです。

補助金はその時のみで、あとは企業努力で運営しているそうです。

赤字の企業に市として行っていることは、指導をし更なる企業努力を促していることのみだそうですが、その点が今後の課題だと伺いました。

エコタウン産業団地の視察が終わり、富山駅までの移動は、路面電車『富山ライトレール』に乗りました。

個人的なことですが、富山市は両親の生まれ故郷です。

親戚もたくさんいますので、子どもの頃は毎年遊びに行っていました。

祖父母が亡くなり、だんだん行かなくなりましたので、今回はいとこの結婚式以来10数年ぶりに行きました。

その頃は、ガタゴトガタゴトよく揺れる電車でしたが、ライトレールは静かで揺れのない快適な乗り心地でした。

発展の素晴らしさとともに、一抹のさみしさも感じてしまいました。

以上は、個人的な感想です。

そして、駅の広告はデザイン性の高いものばかり。

これは、市が補助金を出して整備しており、洗練されたデザインでないと広告を出すことを認めないそうです。

また、レンタル自転車事業にも取り組んでいました。

市内15か所に設置した無人のステーションで貸出・返却ができ、利用料も手ごろでした。

富山市は、環境への取り組みが市内随所にみられるまちでした。

環境教育常任委員会の所管事項調査が終わり、空港行きバスの出発時間までの自由時間に、富山市子育て支援センターへ行ってきました。

子育て支援センターは、駅前ビルのフロアを借りた『とやまこどもプラザ』にあり、ここはこども図書館との複合施設で、多くの親子連れがいらっしゃいました。

チラッと様子を見るつもりでいましたが、所長さんが丁寧に説明してくださいました。

1ヶ月前にオープンしたばかりだそうで、図らずも県外からの視察第一号となりました。

まちなかの賑わいを創出するため、市立図書館の中にあった機能を移した施設で、市長肝いりで作られたそうです。

厚木市が取得したパークビルにも、子育て支援センターの機能を移し、広大な子育て広場がつくられる計画案が着々と進んでいます。

私は、二つの理由でこの計画には異議を唱える立場です。

厚木市には、総合福祉センターの中に『もみじの手』があります。

ここは、ひとりの市民の浄財で作られました。

子どもの未来を思っての多額な個人寄付金です。

まだ5年前にできたばかりです。

その『もみじの手』はどうなるのか?

発達障がい等を持つ未就学児が通う教室の活動場所に加える方向との話が出ています。

現在の発達障がい児教室の課題は、箱ではなく人的配置です。

そして、言葉は悪いかもしれませんが、お古ですか?と言いたい気持ちもあります。

その安易なやり方に憤りを感じています。

ですので、今回見た『とやまこどもプラザ』は、『もみじの手』の参考したいと考えています。

もうひとつの理由は、電磁波です。

パークビルの地下には東京電力の変電所があり、電磁波の影響がゼロではありません。

パークビルに子どもが遊べる施設を望む声が多くあることは私も承知しておりますが、以上の理由で、順調な運営を続けている『もみじの手』の存続を望む姿勢でいます。

給食調理場が完成して、お詫びの気持ちが湧きあがる

先日、給食調理場が完成し今年度より自校式給食が始まった厚木市立厚木小学校での『給食調理場完成を祝う会』に出席し、その後児童と一緒に給食をいただいてきました。

厚木市は、元々自校給食が基本でしたので、子どもたちは単独調理場での出来立ての給食を食べていました。

ところが、センター方式の方が経済的で効率的だとの考えのもと、各小学校の調理場を潰して、市内2ヶ所の給食センターで23校の給食をまとめて作るようになりました。

しかし、平成8年、O157による食中毒が全国で多発し、これを受けて、調理後二時間以内に喫食できるよう国が衛生管理基準を示したことから、一度潰した調理場を再び作りはじめてきました。

単独調理場完成は、厚木小学校で17校めになります。

今回の式典で、給食が美味しくなったと児童が喜びの声を伝えていましたが、経費削減のためにその美味しい給食を奪ってしまっていたことを詫びる気持ちを、市や教育委員会、議会は持つ必要があるのではないでしょうか。

その気持ちを持ってこそ、何事も経済を優先させるよりも、子どもの心身ともに健全な成長を優先する教育行政となるのではないかと、式典中考えていました。

式典後は、児童が迎えに来てくれて、三年生の教室で給食を頂きました。

元気で無邪気で素直な子どもたちとの楽しいランチタイム。

一緒に食べた子どもたちは、ちょっぴり緊張しながらもいろんなお話をしてくれました。

牛乳に手をつけられずにいることに気が引けて、普段残すことに対してどのような指導を受けているのか子どもたちに聞くと、残しても良いけど一口は食べなければならないのだそうです。

すべて飲み干しました。

そして、子どもたちに心の中で詫び、安全な給食の実現をかたく誓いました。

初めての友好都市訪中

4月26日から4日間、友好都市の揚州市へ行ってまいりました。

友好締結から29年。

東日本大震災直後の一昨年以外は、国際情勢に左右されず訪問を続け、教育、文化、スポーツ等を通して、両市の友好を深めてきました。

厚木市議会の民主党は二人会派ですので、なかなか行く機会が回って来ず、議員6年目で初めての訪中となりました。

滞在中は、揚州職業大学を訪問し、日本語を学ぶ2年生の学生と交流しました。

まず、日本語での自己紹介から始まり、日本に対する質問を受け、こちらからの質問にも答えてくれました。

印象に残ったのは、「日本は、地震や津波からどう命を守るのですか?」との質問でした。

海のない揚州市に津波はありませんし、地震がないので想像がつかないそうです。

私への質問は、「日本は学歴社会なのに、どうして日本の大学生は遊んでばかりいるのですか?」でした。

大学に入ることが目的になってしまっていることや、それでもなかには目的意識を持って入学し、専門分野をしっかり学び、研究している学生もいること、そういう学生は希望する仕事につく可能性が高いことなど、日本語を勉強し始めて2年目の学生さんたちに理解してもらえるよう心がけてゆっくり説明しました。

その時同席された先生の中に、日本人が一人いらっしゃいました。

元厚木市立小学校の教師で、厚木市の広報の募集記事を見て応募されたそうです。

その先生の今の最大の喜びは、学生が日本語検定に合格することだとおっしゃっていました。

将来日系企業で働きたい等、目標を持って一生懸命学んでいる学生たちの姿が、励みになっているそうです。

楽しい交流の時間が過ぎ、帰り際、学生たちに囲まれて「日本の女性は、みんな先生のように優しいのですか?」と聞かれました。

議場での私の姿を知る議員たちは驚いていましたが、「はい、みんな優しいですよ。」と、にこやかに答えてきました。

日本の女性の印象アップに、貢献できました(笑)

夜には、昨年厚木市で公演した柳の糸芸術団のみなさんが、歓迎会を開いてくれました。

芸術団のメンバーに、揚州職業大学で日本語を学んだ方がいらっしゃいました。

流暢な日本語でしたので話が弾み、今年も鮎まつりに合わせて厚木市訪問するメンバーに加わり、再会する約束をしました。

ほかにも、議会にあたる人民代表大会常務委員や、国に例えると(市にはそのような部署はないので)外務省にあたる外事弁公室の役職者の歓迎会では、1週間前に揚州市で開催された鑑真ハーフマラソンに、厚木市の選手が参加した話題や、両市の子どもたちの交流についての話に花が咲き、30周年を迎える来年の事業についても話し合ってきました。

滞在中は、揚州市の担当職員さんに大変お世話になりました。

空港まで送っていただくバスの中での挨拶で、「両国がどのような状況になっても、我々両市が築いてきた友好は、ゆるぎないものがある」と言ってらっしゃいました。

中国を離れ、その飛行機で隣合わせになった女性が、日本在住の中国人(北京出身)だと雑談で分かったので、揚州市について色々教えてもらいました。

揚州市は、中国の中でも特に日本に親しみを持つ市民が多いことで知られているそうです。

鑑真の影響もあると思いますが、市民レベルでの交流で、相互の理解が深まっていることもあるのではないかと、バスの中での職員さんの言葉を思い出しました。

また、前市長が環境に力を入れたお陰で、緑の多い揚州市は、大気汚染が他の地域ほど深刻ではないとも言ってらっしゃいました。

その市長は、今は南京市長になっているそうです。

揚州市での高い評価の期待通り、現在南京では、市長指導で大規模な整備が行われているそうです。

あちらこちらで工事が行われているので、市民は生活上不便を強いられて不満が大きいそうですが、数年たつと揚州のように環境整備がされるだろうと、中国に友達がたくさんいて情報量の多い彼女が教えてくれました。

まちづくりは市長次第というのは、共産圏でも変わらないようです。

今回の訪問で、中国の印象が変わりました。

行ってみなければ分からないことは、たくさんあるということも、今回得たことです。

揚州市は、機会があれば、プライベートでゆっくり行ってみたいまちでした。

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2013-05

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プロフィール

 

名切 文梨

Author:名切 文梨
(なきり ふみな)
1967年1月12日生まれ。
北鎌倉女子学園高校卒業。
兵庫女子短期大学食物栄養学科卒業。
ソニーPCL、日本経済新聞社を経て、フリーのアナウンサーに。
2007年厚木市議会議員選挙に民主党公認候補として出馬し、2658票をいただいて初当選。
現在3期目です。

 

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