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6月議会一般質問

1年に4回の議会定例会があります。

1期4年で16回。

毎回一般質問をしていますので、一期めの私は、今回で16回目の質問となります。

一般質問をするには、多くの時間をかけて、調査し、質問を組みたてていきます。

一問一答方式ですので、理事者側からどのような答弁が返ってくるか分かりません。

あらゆるパターンを想定して、何通りもの質問を考えておきます。

連日、徹夜に近い状態が続きます。

一般質問をするかしないかは自由ですので、毎定例会で、人数が変わります。

それでも、いつも大体20人前後。3日間かかります。

今回は、6名の議員が欠員という状況ですので、11人と少なく、初めて2日間の日程となりました。

選挙間近ということも、影響しているのかもしれません。



今回の登壇原稿を、アップします。


議長のお許しを頂きましたので、通告に従い質問させて頂きます。

(災害対策について)
去る3月11日、三陸沖を震源とする、国内観測史上最大のマグネチュード9.0の大地震が発生しました。

建物の倒壊、津波等により、多くの方が尊い命を落とされました。心から、ご冥福をお祈り申しあげますとともに、被災された皆様に、心からお見舞い申し上げます。

今回の震災では、自然災害の恐ろしさをまざまざと見せつけられました。

津波が街ごと飲み込んでいく映像を見た時は、目を疑い、言葉を失いました。

津波の高さは、10メートルとも15メートルとも言われています。

この議場の天井までの高さが約5・8メートルです。

この倍以上の高さの津波が襲ってくることを想像すると、身のすくむ思いであり、その恐怖は計り知り得ません。

一方、この津波から、難を逃れた村があります。普代村です。

高さ15.5メートルの防潮堤(ぼうちょうてい)と水門が村と住民を守り、住宅の浸水被害は、なかったそうです。

この防潮堤と水門建設を進めたのは、昭和22年から10期40年、普代村村長を務めた和村幸得氏です。

普代村では、明治29年と昭和8年に、津波で多くの犠牲者が出ています。

和村村長は、子どもの時、昭和の大津波を体験しており、この時の様子を「阿鼻叫喚とはこのことか」と著書に記しています。

この体験が忘れられず、「2度あることは3度あってはいかん」との強い想いで、反対する県や村議、住民を粘り強く説得し、当時36億円かけて防潮堤と水門を建設しました。

高さ15.5メートルとしたのは、明治の津波が15メートルだったとの言い伝えが村にあったからだそうで、和村村長は、この高さを、けっして譲らなかったそうです。

先人の言い伝えを守り、起こったことを教訓として、計画をたて実行することで、今回の津波は、この村にとっては想定内となりました。

そこで、東日本大震災を教訓として、本市が行うべきことは何か、お伺いします。

(小児医療費助成について)
次に、小児医療費助成制度についてお伺いします。

小児医療費助成制度は、平成7年10月、県が、所得制限をつけたうえで、0歳児の通院と15歳以下の子どもの入院の際の窓口負担分の助成制度を始めるにあたり、本市は、0歳児の所得制限を撤廃する独自の制度をつけて、始めました。

その後、平成11年に、所得制限付で、通院の助成対象年齢を3歳まで広げ、平成15年には、小学校就学前まで拡充、平成18年に、通院にかかる所得制限を撤廃し、満6歳までとしました。

小林市政となってからは、平成20年7月より満9歳まで、平成22年7月より小学校終了まで、今年平成23年7月より中学校終了までと、1~2年おきに拡充しています。

厳しい財政状況の中での大変スピーディーな拡充となっており、市民の皆様からは高い評価をされていますが、見直すべき点などあるかお伺いします。

(学校給食について)
次に、学校給食についてお伺いします。

学校給食については、この4年間に9回本会議で質問してまいりました。

今回で10回目でございますので、これまでの経過をたどりながら、安全安心な給食への現在の取り組み、課題、今後の方向性をお伺いします。

また、前回時間の関係で再質問ができませんでした「アレルギー児童・生徒への対応と今後の取り組み」も、詳しくお伺いしたいと思います。

ご答弁のほど、よろしくお願い申し上げます。
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コメント

文梨先生こんにちは。
普代村の大堤防は見事に住民を守ったのですね。
一地方自治体が行うとしたら、財政的にも大きな負担になりますし、
それだけのお金なら他に使いたいこともたくさんあったのではと思います。
それでも大堤防を築くことを決めた村長さんだけでなく、
それを見守って当時を生きた住民の方々が、
今を生きている住民の皆様を救ってくれたと言えますね。
もちろん今の政治でも、すぐに恩恵を受けられなくても、
後世の為にしなければいけないことがたくさんあるのだと思います。

文梨先生、ひとつの区切りとして4年間お疲れ様でした。
御家庭御家族を守りながらの議員生活、本当にご多忙で大変だったと思います。
今後2期、3期・・と、これからも文梨先生の美しく優しい心で厚木の街を支えて欲しいと思います。

そろそろ選挙が始まります。
今回は応援をさせていただきたいと思います。

二期目に向けてご苦労も多いかと思います。
頑張ってください。

頑張って

今回、応援させていただきます。
頑張ってください。

Re: タイトルなし

平馬さま

いつも励まして頂きまして、ありがとうございます。
元気がでます。
これからも応援していただけるように、頑張ります。

Re: 頑張って

けんさん様

ありがとうございます。

ご期待にそえるように、頑張ります。

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プロフィール

 

名切 文梨

Author:名切 文梨
(なきり ふみな)
1967年1月12日生まれ。
北鎌倉女子学園高校卒業。
兵庫女子短期大学食物栄養学科卒業。
ソニーPCL、日本経済新聞社を経て、フリーのアナウンサーに。
2007年厚木市議会議員選挙に民主党公認候補として出馬し、2658票をいただいて初当選。
現在3期目です。

 

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